『子どもが窓を見たがっているので、替わってもらえませんか』
福岡行きの機内で、Mさんはそう頼まれた。
Mさんの席は窓側。
予約時に2,800円を追加して取った席だった。
相手が差し出したのは、最後列の中央席。
Mさんが断ると、母親は小さくため息をついた。
『一時間半だけなのに』
通路側の男性まで振り向いた。
子どもは何も言っていない。
でも、Mさんだけが冷たい大人みたいな空気になった。
客室乗務員が来て、予約された席なので交換する必要はありませんと説明した。
すると母親は、スマホを持ったまま言った。
『今どき、少しくらい譲ってくれてもいいですよね』
違う。
少しくらいという人は、失う側ではない。
追加料金。
早めの予約。
窓側を選んだ理由。
全部を見えないことにして、善意だけを請求してくる。
席を替わってほしいと頼むこと自体は悪くない。
断られた時に終われないことが問題だ。
善意は、頼んだ瞬間に相手の義務へ変わらない。
子どもを理由にしても、拒否した人を撮る権利は生まれない。
Mさんは到着後に言った。
『席は守れたのに、ずっと悪いことをした気分でした』
これが圧力の正体だと思う。
物は奪えなくても、罪悪感だけ置いていく。
断った人が説明を求められる社会より、頼んだ人が一度で引ける社会の方が優しい。